イデヤっ子通信

イデヤっ子2016年12月号  ~ “コロコロめっきが具体化しました!”~

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製作機    ~“コロコロめっきが具体化しました!”~
以前、本誌でも紹介しました“コロコロめっき
その技術を少し応用した装置が完成しました。円筒ワークの外周に、部分めっきを付ける装置です。
この実験装置でサンプルを作り、エンドユーザーの評価が良ければ、量産装置の開発へと前進します。
“コロコロ”に限らず、ちょっとした試作装置、開発装置につきましても、是非ともご相談ください。

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展示会情報
  
~インターネプコン内 自動車部品加工
展示会に参加します。是非とも、お立ち寄りください!
☆インターネプコン内 自動車部品&加工EXPO  表面処理・エッチングゾーン (www.actpt.jp)
☆日程:2017年1月18日(水)~1月20日(金) 10:00~18:00 (20日のみ17:00 終了)
☆場所:東京ビックサイト
☆弊社ブース番号:E65-41
☆出展内容
(1)モジュール式フープめっき装置:標準モジュールの組立、追加で多様なプロセス対応が可能!
(2)ワンチャンバー式チルカップめっき装置:槽は1槽だけ! 順次液が入れ替わります。
(3)1個流しのめっき装置:時代はバッチ処理から1個流しへ。
(4)超小型フープめっき装置:0.2m/分の搬送速度。インラインも可能です。
招待券をご要望の方は、遠慮なくお申し付けください。

旅 行 記   ~熊野古道を歩く 第四話~ 取締役 出村 剛
小辺路の道筋には旅籠集落や茶店の跡が今でも点々と残っています。
そのひとつ「上西家跡」に立つ説明板には以下のように書いてありました。%e7%ac%ac%e5%9b%9b%e8%a9%b1
江戸初期には街道上の旅籠として存在していたものと考えられ、地元の古老によると、
昭和九年(1934)頃まで人が住んでいたという。
『その昔、高野山からの伯母子峠を越える馬が米やさかなをこの十津川へ運んだわけじゃ。
早い朝が明けると伯母子の方からチリンチリンと鈴の音が響いて、
二頭も三頭もの馬が背中にいっぱい荷を積んで下りてきたものじゃった。
馬子たちは、上西で一服すると下の五百瀬へと下りていったのじゃった。
そして、その帰りも馬子たちはお茶を飲んで行ったものじゃった。
高野詣での人たちが行き来していたが、毎年春から夏にかけて巡礼さんがおおぜい泊まり、
夜の更けるまでご詠歌が止まず、それは大変にぎやかじゃった。』
この旅籠跡は標高1000m程の尾根の平坦なとこに在って、今では一面にトリカブトが群生し、
その横にはフタリシズカが花盛りでした。
屋敷跡に続く平坦な土地は野菜畑だったのでしょう……
そこは朴の花が咲く美しい林に変わっていました。名刺

 

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