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イデヤっ子 2023年8月号 ~ 木型を製作しました ~

     ~ 木型を製作しました ~
 弊社は装置内の部品に対して、WAF(Wood and FRP)の使用率を増やしていく計画をしています。
 そこで今回、WAF製丸棒を鋳型する為、“木型”の製作に取り組みました。
 今まで装置の架台フレームには、市販のFRPパイプや鉄材を使用していました。
 しかしながら、FRPパイプは樹脂であり、剛性が弱いと言う事、また、鉄材は腐食の問題があります。
 この様な事から、WAF製の棒材ができれば、脱プラスチックを実現した、剛性のある材料を得る事ができます。具体的には、木材の丸棒を芯材にし、その外周をガラスクロスと樹脂で覆い、型の中で鋳型する方法です。
 型はゴムの木の集成材を使い、必要な厚みに張り合せて、CNCルーターで加工しました。
 実際にやり始めますと、ルーターのプロフラムに想定以上に時間を要しました。3軸駆動のルーターを上手く動かし、写真の様な円形加工を実施する為、何度かトライアンドエラーとなりました。
 ちなみに、今回の型で、直径39mmの丸棒用です。
 WAF技術の向上へ、引き続き、コツコツと前進していきます。

編集者のひとり言 ~450年前にSDG’sに取り組んだ男 ~
 1582年6月21日の早朝、京都の本能寺で、明智光秀が謀反を起こし、主君・織田信長を襲撃しました。
いわゆる“本能寺の変”です。この時、信長に同行していた家臣は約200名。対して、光秀は13,000人の軍勢で本能寺を取り囲みました。
 この時、信長の家臣の中に一人の黒人がいた事をご存じでしょうか? その男の名前は“弥助(ヤスケ)”。
 当時はヨーロッパ諸国による奴隷貿易が盛んな頃であり、アフリカから多くの黒人が白人によって連れ出されました。弥助も同様、アフリカのモザンビークでポルトガル人によりインドに連れ出され、その後、奴隷として就労していました。そうした中、運よく宣教師と出会う事ができ、彼と共に日本へ渡ります。そして、宣教師は弥助を信長に紹介しました。
 新しいものや他国の情報に非常に敏感であった信長は、即座に弥助に興味を持ち、最終的には弥助を宣教師から譲り受け、自身の家臣に取り立てました。
 能力さえあれば、その生まれや身分に関係なく、人材を取り立てた信長です。恐らく、弥助の高い身体能力やアフリカやインドでの経験が、今後の信長政権に大きな力を発揮すると考えたのでしょう。となると、肌の色が違おうと、奴隷であろうと、信長にとっては関係の無い事です。
 こうした彼の合理的な考えと価値観は、SDG’sの人や国の不平等を無くすと言う事と合致するのではないでしょうか?すなわち、450年前、信長は既にSDG’sを実行していたと言えるのではないでしょうか?
 さて、京都市内に現存する本能寺は、豊臣秀吉が再建したモノであり、信長が襲われた時の場所とは異なります。
 先日、その旧本能寺の辺りを散策して来ました。最新の発掘調査や古地図から、信長が最期を遂げた場所も、おおよそ推定されているようです。
 天下布武を目指した信長、そして、奴隷から脱し、新たな夢をつかもうとしていた弥助・・・彼らの無念に思いを馳せる編集者でした。

社外の風景 ~ 台風7号が通過しました 
 大型の台風7号が近畿地方を直撃しました。もし被害を受けられた方が居られましたら、心よりお見舞い申し上げます。幸いにも、弊社は被害を受ける事はなく、通常通りの営業となっております。
 ただし、草木の多い弊社は本日の朝、その清掃に追われました。

株式会社イデヤ 編集者
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