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デヤっ子通信

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2024年5月号新たにラインチラーを製作しました

製 作 記 ~ 新たにラインチラーを製作しました ~
 めっき液や薬液を冷却するラインチラーを製作しました。
 ラインヒーターと同様、主材料には、弊社独自のWAF材を
活用しています。
 本ラインチラーの特徴は以下の通りです。
(1) めっき装置の配管経路に設置している為、処理槽内が
  シンプルになります。
(2) メンテ作業が容易。
(3) ハウジングはラインヒーターと同じ構造であるため、
  必要に応じて、ラインヒーターへの転用が可能。
 また、工場もしくは実験室内に冷却水が無い場合、市販の小型供給装置をオプションで
接続する事ができます。
 このように、弊社のナイセシリーズは皆様のご要望と共に、各機能が充実してきています。
 微力ながらも、皆様の“欲しい”に、何とか、お力になれればと思います。

編集者のひとり言 ~ 晩年の秀吉に思う・・・ ~
 百姓の家に生まれ、武将として信長に仕え、最後は天下人になった“豊臣秀吉”。
 その秀吉の居城と言うと、多くの方が大阪城を想像されるかもしれません。しかし、彼が全国統一後、居住を決めたのは、ここ京都の伏見です。
 1592年、秀吉はこの地に“指月伏見城”を建てます。しかし、4年後の1596年、京都伏見を震源とする慶長大地震で、指月伏見城はその姿を消す事になります。そこで、秀吉は新たな城を北東約1kmの木幡山に建築し、以降はその城で長く暮らしたようです。
 このように、一つ目の指月伏見城が存在した期間は、非常に短期間であった為、最近まで、その存在を疑問視する声があったようです。そうした中、2015年、ライオンズマンション(現オリックスグループ)が、マンションを建設する際に事前発掘調査を実施し、指月伏見城の石垣や瓦を発見しました。
 それらの出土物がマンションの前に展示してあるとの事で、先日編集者がお邪魔して来ました。実際の石垣がマンションの一部にされていると同時に、金箔瓦の破片も展示されてり、絶頂期の秀吉を感じる事ができます。
 さて、天下人“豊臣秀吉”。彼のサクセスストーリーは実に輝かしいものです。一方で、晩年に秀吉が命じた朝鮮出兵は、各専門家が酷評する無謀な戦争であり、彼の人生における大きな汚点の一つでしょう。
 あの経営の神様、松下幸之助が、3代目社長、山下俊彦に伝えた言葉があります。
 『山下君、秀吉が何で晩年、失政を犯したか、わかるか? 
 それは、後ろに怖い人が居らんようになったからや!』
 裸の大様にならない事、そして、絶頂期こそ、注意深く、お客様の苦言にひたすら耳を傾ける大切さを、幸之助は伝えたかったのかもしれません。
 立て続けに二つの城を建築した絶頂期の秀吉。
 しかし、晩年の衰退は、この時から既に始まっていたのかも知れません。

社内の風景 ~ ルーターの2号機を導入しました ~
 弊社のWAF部品の製作工程は、大きく以下の通りです。
  ①WAFの原板製作
  ②CNCルーターによる切断、切削加工
  ③切断したWAF材を組み立てて、部品に仕上げる
 上記の工程②を、よりスピーディーに進めるため、CNCルーターの2号機を導入しました。
 これからは2台のルーターで、少しでも早く、皆様へ製品をお届けする事ができればと思います。引き続き、よろしくお願い致します。

株式会社イデヤ 編集者
電話:0774-72-5361 E-mail : sales@ideya.co.jp

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